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2013/01/26

10年前のジャケット

お客様より、以前につくられたジャケットの糸が外れたと、お持ちになられました。
ジャケット内側の裏地の「とめ」が外れておりました。(シルク糸による星止め)

お仕立てしたのは、10年前の2003年でした。


修理前


修理後




すぐに糸が切れることは、商品としてはよくないかもしれません。
しかし、手で縫った服の糸が外れることは当然起こりえること。
それだけ、生地にストレスがかからないよう縫っているということです。

無理に“固めていない”服は長く着ていただけるはずです。
写真からも、やわらかい雰囲気を感じていただけるかと思います。



2011/09/25

手縫いのボタンホール

先日お客様より釦ホールを直してくれないか?
というご依頼をうけました。



こちらがその釦ホールです。

釦をかけたり、はずしたりしているうちにホールの糸がほつれてしまったようです。
お客様のジャケットは約11年前、まだサルトリアイプシロンがミラノにあったころお仕立てしたものです。
もちろん、まだまだ現役でお召しいただいているものでございます。

こういった修理の依頼をうけるのは弊社としても大変うれしいことでございます。
丁寧に一針一針縫い上げた服が実際にお客様の手にわたり、大事に着てくださり、こうして戻ってくることは、仕立て屋としての理想です。

今の社会の流れのように、安い服を買っては捨て、買っては捨てを繰り返すよりも、一着の服を、長く大切に着るということはある意味、経済的であり、エコであり、なにより一着の服に対して愛着が沸いてくるものです。

人にはそれぞれの考え方、価値観がありますから、一概に良し悪しを私が言うことはできませんが、高い値段でスーツをオーダーすることは、決して贅沢なことではないように感じます。


話がずれましたので本題に戻りたいと思います。
まず、ほつれてしまった糸は元には戻りませんので、一度全部といてしまいます。


 その後もう一度かがり直せば、新しいホールへと生まれ変わります。



釦ホールをかがる糸は基本シルクですし、釦付け糸はコットン、その他弊社では基本的に糸等、附属はすべて天然のものを使用します。



先日、別のお客様で、ジャケット脇のパッチポケットのステッチ糸が外れてきてしまったから直してほしいと言うご依頼を受けました。また、釦が外れてしまったなどご連絡を頂くこともございます。

ですがそれでいいのです。(不良品なわけではございません!) また縫い直せばいい訳ですから。化学繊維の糸を使えば、確かに天然のものに比べほつれにくくなりますが、そうしてしまうと、今度は逆に糸の強度が強すぎて生地が切れてしまいます。

天然繊維の生地にはやはり天然繊維の糸で縫い上げるのが一番自然です。
それに服になったときの馴染み雰囲気が化学繊維のものに比べ違ってきます。
天然の素材は、使い込むことで歳をとりますので、弱くなってくるものです。
そうして不具合が生じてきた場合は、いつでも弊社へご連絡、もしくはお持ち下さい。

いつでも修理、メンテナンスいたします。



2011/06/28

甘く優しい針づかい

本日、あるお客様が、約5年ぶりにご来店されご注文いただきました。 
そのお客様の着ていた服が、とても意味深げに感じられたので、私の所感を書かせていただきます。

着ておられたジャケットは、内ポケットのタグを拝見したところ「2004」年につくられたイプシロンの手縫いのものでした。
以前、船橋がミラノにおり、日本にトランクショーをしていたときに数着つくって頂いたそうで、その後日本で本格的に店を構えたと聞き、わざわざ立ち寄っていただきました。
そして、約7年たったその服を、その方はとてもきれいに着てらっしゃいました。
生地もきれいであることと同時に、全体の柔らかな雰囲気が動きの中で表れ、その方の哀愁と共にとても“粋”に感じられました。

お客様がおっしゃるには、そのジャケットは「軽く、着やすいので、遠出する際など選ぶ。楽だから。」
また、「初めにつくった服の内側の糸が切れたので、直してほしい。近所のベテランの直し屋さんに持っていったら、こうゆうつくりのものは生地の風合いを殺さないために手縫いで甘く優しく縫っていると言われた。」そうです。

それを聞き、私は「そうだ。やっぱりすごい。」と改めて思いました。服や、歴史や、人の知恵や、積み上げてきた技法や、美的感覚や。その深さを改めて。
なぜ見返しを一針一針手で縫い合わせていくのか、なぜ何度もアイロンで馴染ませていくのか。つくりの技法には感覚的な意味がある。

服に限らずとも、無論設計図である型紙は大事なものだが、センチで計るデザイン、ディティールだけでは完成しえない、“手が感じる、つくる”物の形には、一言では表現しづらい感動があるはず。と。実際に目の前に現されたその服を見て、ただそう感じました。